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神戸地方裁判所 昭和60年(モ)260号 決定 1985年4月11日

原告

浜村直太郎

外一五〇名

被告

阪神高速道路公団

右代表者

浅沼清太郎

右当事者間の昭和五一年(ワ)第七四二号国道四三号線・阪神高速道路騒音排気ガス規制等請求事件につき、原告ら(全員)から文書提出命令の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立を却下する。

理由

第一  本件申立

一  文書の表示

被告が、原告らの居宅において、防音工事助成の対象となるか否かを判定するためにした騒音測定の測定位置、測定時間及びその結果を記録した書面(以下「本件文書」という。)

二  文書の趣旨

被告は、昭和五一年七月二一日付建設省都市局長及び道路局長の「高速自動車国道等の周辺における自動車交通騒音に係る障害の防止について」と題する通知に基づき、原告らの居住地域において防音工事助成を実施してきたが、その実施に先立ち、原告らの居宅が右工事助成の要件である高速自動車国道等の周辺地域に所在する住宅で夜間の自動車交通騒音の計算値及び実測値がともに六五ホン(A)(中央値)(但し、現在では六〇ホン(A)((中央値))に改訂されている。)以上のものに該当するか否かを判定するため、深夜又は早朝の一時間以内において五回の騒音測定をした。本件文書は右の測定位置、測定時間及び測定結果を記録したものである。

三  文書の所持者

被告

四  証すべき事実

原告らの居住建物の開口部における夜間の騒音レベルの実測値が六五ホン(A)(中央値)に達していること

五  文書提出の義務の原因

1  (民訴法三一二条一号)

被告は、その昭和五六年七月一五日付第一三準備書面において、年月日を明らかにして原告らの一部の居宅で騒音測定をした事実及びその測定結果に基づき防音工事助成を実施した事実を主張しているから、本件文書は被告によつて引用されたものである。

2  (同条三号前段)

本件文書は、原告らが暴露されている騒音のレベルを記録したものであり、また被告の実施した防音工事助成に関連して原告らが一定レベル以上の騒音に暴露されていることを証明するために作成されたものであるから、挙証者の利益のために作成されたものである。

3  (同号後段)

被告は、原告ら(世帯主)から防音工事助成の申出がされた場合、本件文書に基づき、防音工事助成の要件につき審査を行う。

したがつて、本件文書は原告らと被告との間の防音工事助成という法律関係について作成された文書である。

4  (信義則上の義務)

被告訴訟代理人は、同五九年二月一六日、同年五月一七日、同年六月二一日の裁判所と両当事者との打合せ会において、本件文書につき「証拠としての提出には積極的に検討している。」「出す用意をしている。」「出す準備をしている。」旨言明したが、これは訴訟行為についての期日外での契約ともいうべき行為であるから、現段階になつて態度を豹変してその提出を拒むのは、右契約に反し、訴訟上の信義則に違反するものである。

第二  被告の意見

一  (文書の存否について)

被告は、別紙記載の原告らについては騒音測定を行つておらず、本件文書は存在しないが、その余の原告らについては本件文書が存在し、被告はこれを所持している。

二  (証すべき事実について)

民訴法三一三条四号にいう「証スヘキ事実」は、当該申立にかかる文書による立証事項を具体的に明示することを要するものと解すべきところ、本件申立における前記第一の四の記載では不十分である。

三  (文書提出の義務の原因について)

原告らの主張はいずれも争う。

本件文書は、もつぱら被告がその業務遂行の便宜のための内部記録としての必要上作成したにすぎないものである。

第三  当裁判所の判断

一別紙記載の原告らを除くその余の原告らについて本件文書が存在し、被告がこれを所持していることは当事者間に争いがないが、別紙記載の原告らについては、本件文書が存在することを認めるに足りる証拠はないから、右原告らの本件申立は、その点においてすでに理由がない。

二(本件文書の性質及び内容)

本件記録によれば次の事実が認められる。

1被告の理事長は、原告ら主張の建設省都市局長及び道路局長の通知を受けて、昭和五一年七月三一日「阪神高速道路の周辺における自動車交通騒音に係る障害防止対策要綱」と題する訓令をもつて、当該住宅が次の要件に該当する場合には防音工事の費用の全部又は一部を助成することができる旨を定め、同年八月一日からこれを実施した。

(一) 別に定める算定方法により算定した当該住宅に係る夜間の自動車交通騒音の値が六五ホン(A)(中央値)以上であり、かつ別に定める測定方法により測定した当該住宅に係る夜間の騒音の値が六五ホン(A)(中央値)以上であること(但し、右夜間の自動車交通騒音は同五九年二月一日から特に必要があると認められる地域においては六〇ホン(A)((中央値))と改正された。)

(二) 自動車交通騒音に係る障害を防止し又は軽減するため通常必要とされる構造及び設備を有していないこと

(三) 高速道路の供用開始の日に現に居住の用に供されていること

2被告は、右要綱の実施に伴い、防音工事助成の申出のあつた住宅の多くにつき右の要件該当性を独自に審査するため騒音測定を行い、その結果を記載した本件文書を作成した。

3そして被告は、右要綱に定める要件に該当した住宅の所有者等との間で防音工事助成契約を締結し、その工事の実施後助成金を支払つてきた。

三(文書提出の義務の原因について)

そこで、別紙記載の原告らを除くその余の原告らについて、本件文書が民訴法三一二条一号及び三号所定の文書に該当するか否かを検討する。

1(同条一号について)

同号所定の「訴訟ニ於テ引用」した文書とは、当事者が当該訴訟の口頭弁論や準備書面等においてその存在や内容等に言及し、自己の主張の根拠や補助として用いた文書をいうものと解すべきところ、原告ら主張の被告準備書面等においては、被告が大多数の原告らを含む沿道住民について一定の実施手順で防音工事助成を行つている事実が主張されているに止まり、本件文書につき何ら言及するところはないから、これが引用されたものではないことが明らかであり、本件文書は同号所定の文書に該当しないものというべきである。

2(同条三号前段について)

同号前段所定の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とは、挙証者の地位、権利又は権限を直接証明し又は基礎づけることを目的として作成された文書をいうものと解すべきところ、前記認定の本件文書の性質に照らせば、本件文書により原告らの地位、権利又は権限が直接証明されるものではなく、また本件文書がそれを目的として作成されたものでもないことが明らかであるから、本件文書は同号前段所定の文書には該当しないものというべきである。

3(同号後段について)

同号後段所定の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書とは、これによつて当該訴訟において争われている法律関係の発生、変更若しくは消滅の事実又は右法律関係の内容若しくは効力を直接証明することができる文書か、あるいは右法律関係の形成を目的として作成された文書をいうものであり、当該訴訟において争われている法律関係とは別個の法律関係について作成された文書は、これに該当しないものというべきである。

本件文書は、前記認定のとおり、原告らの住宅について防音工事の助成契約を締結する前提として、被告がその内部基準として助成実施についての要件該当性を審査するため行つた騒音測定の結果を記載したものであるから、本件訴訟において争われている法律関係(損害賠償請求権及び差止請求権等)自体の発生、内容等を記載したものではなく、また被告の内部審査の資料として作成されたものであつて、右法律関係の形成を目的として作成されたものでもないことが明らかである。

4(信義則違反の主張)

被告訴訟代理人が本件訴訟の打合せ会の席上において、本件文書の提出につき原告ら主張のとおりに言及したことは当裁判所に顕著であるが、右の事実をもつては、未だ被告が本件文書を提出することを確約したとまでは認めることができない。

したがつて、右打合せの経緯に照らせば本件文書の任意提出を拒否する被告の態度は甚だ遺憾だというべきであるが、未だ信義則に違反するとまではいえないから、原告らの右主張は採用することができない。

四よつて、原告らの本件申立は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(中川敏男 上原健嗣 小田幸生)

(別紙)<省略>

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